画面の向こう側で、すべてが完結する時代
AIが文章を書き、画像を生成し、コードを書く。買い物はワンクリック、映画は自宅のソファで、料理はデリバリーアプリで。私たちの生活は、年々「画面の向こう側」で完結するようになっています。
便利になること自体は素晴らしいことです。ただ、すべてがデジタルで代替可能になったとき、「代替できないもの」の価値は相対的に上がるのではないか。Haretoは、そんな仮説からスタートしました。
2020年代後半に入り、生成AIの進化はさらに加速しています。テキスト、画像、動画、音楽——あらゆるデジタルコンテンツが、ほぼゼロコストで生成できるようになりつつあります。コンテンツの供給量は爆発的に増え、「見る」「読む」「聴く」という受動的な体験は、かつてないほど手軽に手に入るようになりました。
しかし、この変化は同時に、受動的な体験の希少性を下げているとも言えます。誰もがアクセスできるものの価値は、相対的に下がる。それが市場の原則です。では、価値が上がるものは何か。それは「自分の身体を使わなければ得られない体験」——つまり、デジタルでは代替できない領域です。
「身体で感じる」ことは、コピーできない
溶けたガラスの熱を感じる。ろくろの上で粘土が形を変えていく感触。調合した香りが鼻に届く瞬間。これらはすべて、画面の向こう側では体験できないことです。
YouTubeで職人の作業動画を観ることはできます。AIに「ガラス工芸の感想を書いて」と頼めば、もっともらしい文章が出てきます。でも、自分の手で作ったグラスを持ち帰り、翌朝そのグラスでコーヒーを飲むあの感覚は、自分の身体を通してしか得られません。
体験は、コピーできない。 だからこそ、価値がある。
この点をもう少し深く考えてみます。デジタルコンテンツは本質的に「複製可能」です。同じ動画を何百万人が同時に視聴でき、同じ画像を無限にコピーできます。しかし体験は、その場にいた人、その時間に手を動かした人だけのものです。同じ陶芸教室に通っても、隣の人と自分ではまったく違う作品ができ上がります。
この「複製不可能性」こそが、体験の本質的な価値です。AIがどれほど進化しても、粘土を手のひらで押す感触は、その場に立った人にしかわかりません。
「記憶に残る体験」の構造
心理学の研究では、人は物を買うよりも体験にお金を使ったほうが、長期的な幸福感が高いことが示されています。これは「体験的消費」と呼ばれる領域の知見ですが、Haretoを運営する中で、その理由がより具体的に見えてきました。
ものづくり体験が記憶に残りやすいのは、五感が同時に刺激されるからではないかと考えています。革のにおい、窯の熱気、金属を叩く音、完成品の手触り、そして一緒に体験した人の笑い声。複数の感覚が重なった記憶は、単一の感覚で得た記憶よりもはるかに鮮明に残ります。
デジタルの体験は、主に視覚と聴覚に限定されます。どれほど高精細なVRが実現しても、「手で触れる」「においを感じる」「身体の筋肉を使う」という感覚は再現が難しい。ものづくり体験は、まさにこの「デジタルが苦手な領域」のど真ん中にあります。
「ハレとケ」の思想
Haretoという名前は、日本文化の「ハレとケ」から取っています。「ケ」は日常、「ハレ」は特別な日。現代の「ハレ」は、豪華なレストランや海外旅行だけではありません。
日常の中に小さな「ハレ」を挟む。それが、忙しい毎日を生きる現代人にとっての贅沢なのではないかと思っています。週末の午前中に陶芸を体験する。仕事帰りに香水を調合する。そんな「ちょっとだけハレの日」を提案するのが、Haretoの役割です。
デジタル化が進むほど、「ハレの日」の選択肢もデジタルに偏りがちです。配信映画を観る、オンラインゲームをする、SNSで話題のスポットの写真を眺める。それら自体は悪いことではありませんが、身体を使った「ハレ」の選択肢が減っていることには、少し危機感を覚えます。
手を動かし、五感を使い、隣にいる誰かと同じ時間を共有する。そうした体験が、デジタルに囲まれた日常の中で「ハレの日」として際立つ時代が来ていると感じています。
メディアとしてのHaretoの在り方
体験スポットを紹介するメディアは、すでにいくつも存在します。その中でHaretoが目指しているのは、「行ってよかった」の精度が最も高いメディアです。
口コミの件数ではなく中身を読む。広告費ではなく体験の質で評価する。すべての施設をスコアリングし、基準を満たした施設だけを掲載する。手間はかかりますが、読者にとって本当に信頼できる情報源であるために、この方針を貫きます。
AI時代にメディアを運営するということは、「AIにはできないこと」を提供するということでもあります。AIは口コミの要約はできても、「この施設の体験が本当に心に残るかどうか」の判断はできません。数値の集計は得意でも、行間に込められた感情の濃淡を読み取ることは、まだ人間の領域です。Haretoのスコアリングは、テクノロジーを活用しつつも、最終的な判断には人の目が関わっています。
体験は「消費」ではなく「投資」
お金を払って何かを買うのは消費ですが、体験にお金を使うのは自分への投資だと思っています。新しいスキルの片鱗に触れる。知らなかった世界を覗く。大切な人との関係を深める。体験がもたらすリターンは、モノとは質が違います。
体験への投資には、もう一つ見逃せない特徴があります。それは、時間が経つほど価値が増すということです。購入した物は、使えば劣化し、いずれ古くなります。しかし体験の記憶は、時間が経つにつれて美化され、当時は気づかなかった意味が後から見えてくることがあります。「あのとき一緒に陶芸をしたね」という会話は、年を重ねるごとに温かみを増していきます。
Haretoは、そんな「体験への投資」を後押しするメディアでありたいと考えています。
これから
AI技術がさらに進化し、バーチャルリアリティがより身近になったとしても、「自分の手で作った」「自分の足で行った」「五感で感じた」という事実の価値は変わらないと信じています。
むしろ、デジタルが当たり前になればなるほど、リアルな体験は希少になり、その分だけ心に残る。デジタルの海の中で、身体感覚に根ざした体験は「錨」のような存在になっていくのではないでしょうか。日常が情報の洪水に飲み込まれそうになったとき、自分の手で何かを作った記憶が、確かな実感として自分をつなぎ止めてくれる。
Haretoは、そんな「心に残る体験」への入口であり続けたいと思っています。


